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変わりようにビックリ‼ ④

変わりようにビックリ‼
変わりようにビックリ‼ ①
変わりようにビックリ‼ ②
変わりようにビックリ‼ ③


西安 やっと兵馬俑のUPです 今日で西安UP終わりますから 長いですよ^^;

西安と言えば兵馬俑 
1987年にユネスコの世界遺産に登録 中国を代表する歴史遺産になりました


1974年3月、干ばつに窮した地元農民 楊さんが 井戸を掘り始め 偶然 見つけたのです
井戸を掘ろうとしたから見つかったのです
ネギでも植えようと思ったのなら5mも掘りませんからね^^;

楊さん ビックリして役所に届けたのに
役所では そんな所に遺跡が有るなんて思ってないから とり合ってくれなかったそうです
楊さんが掘り続けると 次から次に大きな人型が出てくる(@_@)

 
流石に役所も???となり
考古学者の鑑定により、ここに 始皇帝の地下近衛軍団が配置されていることが分かった

楊さんの発見により、地下で2000年も眠っていた兵馬俑が日の目を見たのですね

発見された順に1号坑~4号坑と呼ばれ 1号坑は最も規模が大きく
陶俑 陶馬が6000体以上 戦車も50余輌出土しており 全軍の右翼を守っています 
それぞれの出土品から2号坑は左翼 3号坑は軍の幕僚を意味するものとの説が有力 
4号坑は構成からの想像で 全軍の精鋭部隊の中軍が構成されていたのではないかと考えられています


とにかく広いですからね、チケット買ってからメインの兵馬俑までが遠い(>_<)
緑の中をひたすら歩きます 
入り口では 始皇帝さんが迎えてくれます^^

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カートも走っていますけど、現地の何処かから来た団体さんで長蛇の列
元気なバーバーズ 歩こう~♪ 歩こう~♪ 
雨の降る中 傘さして歩きましたがね(*´`)


始皇帝陵の東 1.5㎞の地点から出土した兵馬俑 そのさらに東には、秦が滅ぼした国が存在した

始皇帝は自分の死後も 他国が秦に攻めてこないように不死の軍団を配置し
秦の栄光を守ろうとしたのでしょうか、、、

千年帝国を目指した始皇帝の夢は、たった15年で潰えたけれど
夢の一部は兵馬俑として、2000年以上経った今でも生き残っている、、、

歩兵、騎馬兵、軽車等で混編された曲形陣

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1号坑から見学します 
凄いですよ~ 圧巻ですよ~  皆から おぉぉ~って声出た 
左軍、右軍、中軍、軍幕と別れていて
これから発掘に入る人間をも討伐せん!!という気迫が見えるよう
↑の写真と見比べて
「此の白い衣装の人 この人かな?」
「あの馬 此れだよね」
「ちょっとぉ~ リアル過ぎる~」

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最大の1号坑は奥行230㍍ 幅62㍍ 深さ5㍍ 総面積14260平方㍍
兵馬俑の数は約8000体 

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一体一体が想像されてるより大きいですよ!! それぞれ顔も違います
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発見者 楊さんが最初に鍬を入れた場所が此処です
此の辺りでは、畑で陶片が見つかったりしていたそうですが
掘ったら人型が出て来た!! 流石にビックリしますよね
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で、この方が楊さん 
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高齢になり(80歳) 今は 記念館とした ご自宅で訪れる人を迎えてくれます
奥様や息子さんもご一緒に、握手をしたり写真を撮ったりしてくれます
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楊さんの後ろに 発見場所に立つ楊さんの写真  兵馬俑を掘り当てた鍬
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楊さんの掘り当てた兵馬俑 まだまだ写真UPしますよ^^

此方は修復作業中の兵馬俑

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細かく割れた状態で掘り出されたものは、丁寧につなぎ合わせて復元します
気の遠くなるような作業で修復が進められています
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元々の兵馬俑は鮮やかな色彩が施されていたのです
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土中から突然現われた兵馬俑
鮮やかな色彩を保っていた物も 空気に触れるとアッと言う間に色を失ったそうです
微かに色が残っていますね
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3号坑
一番小さいですが、重要な役割を果たしてた、司令部だったそうな
今は発掘された兵馬俑などを展示する博物館となっています
ガラスケースの中ですが、発掘された兵馬俑などを間近で見ることが出来ます

青銅の馬車
館内は暗くフラッシュ禁止なので、小麦の腕では上手く撮れません

1980年始皇帝陵のごく近くで地下8メートルから2台の彩色銅馬車が発見された
金銀で飾られた青銅製の四頭立ての馬車二両で馬は横倒し、馬車は砕けていた
馬車は御者が立って乗る立車、座って乗る安車
 

最高権力者始皇帝の乗ったであろう青銅の馬車を復元
精細なつくりの青銅の馬車は絢爛豪華
それぞれ3000の部品から成り立っているといわれる2台の馬車は 8年かけ修復された

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兵士は腰に長さ90センチの青銅製の長剣を差していた
この長剣は2000年以上も埋められていたにもかかわらず 新品同様の輝きで
まったく錆びた痕跡がない

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これらの長剣はクロムメッキ技術で処理されているという

剣の他にも、矛、戟、刀や大量の弩、矢じりにもクロムメッキ処理が施されている事がわかった

その後の漢の時代に作られた銅剣は、皆ボロボロに腐食しているそうなので
このクロムメッキ処理は継承されていない
2000年以上前に この技術を使えたという事、、、、
秦時代、、、、興味と古代ロマン そそられますね~



この方 発掘された8000体の中で一番の有名人らしい^^
とても状態が良いのです 
靴の裏の細かい模様もハッキリわかります

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写真が下手で分かりにくいですけど 弓を携えていた手の平には手相まで!!
「あら、この人 生命線 短いわ」ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ
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兵馬俑とは出土した人型などの事ですが
発掘された兵馬俑は将軍、重装歩兵、軽装歩兵、騎兵 御者、弓兵などの他に
文官のような 直接戦闘には参加しない人型も含まれているのです


兵馬俑は、当時の兵士の階級などを教えてくれるタイムカプセル
兵馬は そのまま 兵士と馬 = 兵馬
俑も兵士なのですが = 位の高い兵士

「兵士」と「馬」と「位の高い兵士 」= 「 兵 馬 俑」
見分け方は 人型の頭
兵士は髪を結っているだけ、俑は位によって烏帽子の形が違います
位が上になるにしたがって 烏帽子の形も立派になります

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それと、もうひとつ 身分の見分け方は靴
位が上がると 靴のつま先が上を向きます
靴 履いてるの?と思うような兵士もいます
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少し位が上がると つま先も上を向き始め、、、
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ほら、始皇帝は、、、もうこれ以上 上を向かない 後は丸める?^^;
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帰りにお土産売り場でNちゃんが記念に 兵馬俑の置物を買うというから
「間違えないでよ、兵兵兵ばかり買わないでよ」
「馬ばかりだと 馬馬馬・・になるよ~」
外野が賑やか~(笑)
はい、間違えないで「兵馬俑 」お買い上げしたみたいです^^  


2時間半くらいかけて見学しました
孔さんのガイドのおかげで より興味深く見ることができました

兵馬俑を見に行こう!とやって来た西安
中身の濃い週末弾丸でした^^    さぁ、、、帰ろう。。。。


シルクロードの始まりの地 西安
唐の時代には ここに門があり、その門から人々が旅立って行ったそうです

西安を出発して中央アジアを抜け、ヨーロッパまで行った旅人が
はるか彼方のヨーロッパからの物品や文化を中国にもたらしました

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2000年以上もの月日が流れた現在
旅人が目指して進んで行った先に見えるのは、、、、高層ビル。。。。

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シルクロードは言葉や文化をグラデーションのように 乗り継ぎながら
今も続いているのですね。。。。



by comuginet | 2017-10-07 11:06 | ★弾丸トラベル | Comments(6)

変わり様にビックリ!! ③

変わり様にビックリ!!
変わり様にビックリ!! ①
変わり様にビックリ!! ②



大雁塔
唐の時代に玄奘三蔵が インドから仏教の経典を持ち帰り
経典や仏像を保管するために、時の皇帝高宗に申し出て建立した寺院
大慈恩寺の境内に立っています

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玄奘三蔵
実在の人物であり、こうして実際にその名前を記した建築物に触れるのは感慨深いものです
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テレビドラマ西遊記の三蔵法師 夏目雅子さんを思い出すのは バーバーズの年代だからか?

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塔の上から 歴史ある古都 西安市内を一望できます  遠くが霞んでいます
三蔵法師が眺めたであろう大雁塔からの景色は、近代建築群にのまれて行く様子が見て取れます
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これは サイトからお借りした写真で 15年くらい前の西安
小麦の記憶にあった大雁塔からの眺めも こんな風な 一面の畑でした
三蔵法師も眺めた景色でしょうか。。。。

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小雁塔
則天武后が 夫 高宗のために690年に改修した薦福寺の境内にあります
唐の名僧 義浄がインドから持って帰った400の経典を納めるための塔として
建てられました
大雁塔と同じくインドの建築様式を模しています

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当初は15層でしたが その後の地震のため上部2層が崩壊
幾多の地震に被災しながらも修復を繰り返し形を残しているとのこと
6回も被災に遭っているそうです
2014年にはシルクロードの一部として世界遺産入りを果たしたとのこと
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青龍寺
弘法大師(空海)は この寺で恵果法師を師として真言密教を学んだそう
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弘法大師(空海)と言えば、仏教に詳しくない人でも知っている超有名人
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四国八十八ヶ所巡礼の四国霊場会の会長さんがこの青龍寺を「第0番札所」としたのだそうです
ここ青龍寺から「四国八十八ヶ所巡礼」が始まり、高野山で終えるのだそうです

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皆で記帳もして来ました、50年間 保管されるそうです
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此れからは、この御朱印帳を持って出かけましょう
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週末 弾丸で来た西安 メインは兵馬俑ですが、その前に、、、、
秦始皇帝陵をUPしましょう^^
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始皇帝
紀元前221年に初の中国統一を成し遂げ
紀元前210年に49歳で死去するまで君臨した最初の皇帝
始皇帝の履いている靴 つま先が 反り返って天井を向いていますね
位の高い人の靴ほど つま先が上を向くのですが
始皇帝は最上級ですから これ以上 上は向けられないですね

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その強大な力を利用して作られたのがこの秦始皇帝陵

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中国の皇帝は皆、山をお墓にしたから当然なのだけど、普通~の山です^^;
本来は兵馬俑よりこちらの方メインなんですよね
墓内には宝石をちりばめた宮殿や楼閣があり
水銀の海や川が造られ、機械仕掛けの弓矢などが仕組まれているとのこと
実際にⅩ線調査で、地下宮殿や水銀の存在は確認されているそうですが
異常なほどの水銀の量で、あまりにも危険だと、未だ発掘調査が行えないそうです
北京で見た地下宮殿も凄かったので、始皇帝の宮殿だったら、、、と
想像しただけでワクワクしてきます、発掘されたら見たいですね。。。

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始皇帝陵から車で5分位のところに兵馬俑が有ります
いよいよ兵馬俑にいきますよ^^



by comuginet | 2017-10-01 09:26 | ★弾丸トラベル | Comments(2)

変わり様にビックリ!! ②

変わり様にビックリ!! 
変わり様にビックリ!! ①


西安より西側はイスラム教を信仰するイスラム教徒の多い地域です
さすがシルクロードの出発点 イスラム料理店 多いです
漢字で書くと イスラム=清真


イスラム教徒 回族の街「回民街」が鼓楼の裏側にあります
お兄さん 飴を伸ばしてます

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ムスリムだけに羊肉の店が多いです  試しに1本づつ買ってみましょう

右の写真 ヒヅメが付いたままです
「ちょっと 抵抗あるわぁ、、、私 無理っぽい」
「名古屋の手羽先だと思えば良いんじゃない」
「けど、、手羽先 ヒヅメついてないよ]
「食べたら走り出すかもしれん」
「わぁ~ やっぱりダメ~ 口の中 羊さん 走り回っています~」(ᗒᗣᗕ)՞

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黄色桂柿個餅
柿と小麦粉を捏ねて油で揚げた物 餡子やクルミ等入った物があって
味は日本人の口にも会いますが、、、少々オイリィーですわね~
唇 グロス塗ったみたいになりますぅ~(笑)

一見 パイナップル?みたいなのは カステラに近いかな
まぁ、、、美味しかったです^^;

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西安の街を歩いていると 良く見る漢字 画数多すぎ!!
何画あるか 数えてみてください^^
下の小さい字を見ても分かるように、中国の漢字は略字ですが
此の画数の多い字は略さないんですよね^^;
発音は ヴィヤァン、、、かなぁ 

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此の字を二つ書いて ヴィヤァン ヴィヤァン麺
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陝西省で一般的な幅広麺 汁無 麺モッチモチです♪

孔さんが「量が多いから二人で一人前でOK」と
全然 多くないしぃ~ ペロリと平らげました~
もうねぇ~ 最高に美味しい~(ू•ᴗ•ू❁)

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街を歩いていると 桃 柿 瓜 スイカ 等 屋台や道端で売っています
桃も柿も甘みが無くて硬いし
食事をすると毎回デザートに出て来たスイカも甘さはないです
城壁の近くで イスラム系のイケメンお兄さんが売っていた屋台の 瓜
これは 甘くて美味しかった~♪
「ちょっと~ 売り手で味も変わるんかね~」

西安で飲食店 中華以外のレストランとか食堂を路面店で探すのは結構大変
和食は見掛けるけれど、パスタとかは見ないですね
ただマックとかケンタッキーは浸透しているなぁ、と感じます
サブウェイもあったので、ファストフードは人気みたい^^




中々兵馬俑に行けませんね^^;
後2回で西安UP終わらせる予定 兵馬俑 最後にしようかな、、、、


by comuginet | 2017-09-29 07:25 | ★弾丸トラベル | Comments(2)

変わり様にビックリ!! ①


変わり様にビックリ!!


古都・長安と呼ばれてた西安

街の中心部にドーンと目立ってるのが 鐘楼
明代に建てられた鐘楼 明代1384年頃 日本は足利義満の頃、、、





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市の中心地に位置し、地下は地下鉄が走っていて 鐘楼駅があります
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鐘楼だけに、、、デッカイ鐘^^
古代には此の鐘で時を告げたのですね。。。。。

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西安餃子を食べて外に出ると 右に鼓楼が見えました
孔さん「 ちょっと見にくいですが太鼓いっぱい有ります、だから鼓楼」と
「ん?今 私達のお腹あたりを見ながら言ったでしょう」
「なぁに、太鼓腹って言いたいの?」(笑)
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鐘楼から斜め方向に見える 鼓楼
鐘楼も鼓楼も時刻を告げたり 緊急事態発生を伝達したのです
東の鐘楼 早朝に鐘をつき
西の鼓楼 夕べに鼓をつく


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太鼓が見えますね
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傍で見ると大きいですよ~
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夜になるとライトアップ~ ☆彡✨☆彡 °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖
ザ中国!っていう感じのライトアップ^^
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               鐘楼
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                鼓楼

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小麦は現在の西安の街並みの外見的な特徴で一番すごいのは城壁だと思うのですよ
だってね、近代的な都市の周りに 高さ15mのレンガ造りの城壁があるのです

此の城壁は皇帝が住む宮殿はもとより 
市民が住む都市全体を城壁で擁護しているという構造が
「城都」と呼ばれる所以なのですね

西安は、城壁が完全に残っている中国でも数少ない都市
唐、長安城の城壁を土台に、明代初期に建造され ほぼ完全な形で現存している城壁

唐代には 南北約10km、東西約12kmもあったといわれている 凄いですね~(@_@)
赤く囲った部分が現存している城壁 青線部分は 随、唐代の城壁

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赤く囲ったところに街ひとつ入っているのですから 相当な広さなのが分かります
西安の中心街をぐるっと 一周 約12kmの長さにわたって取り囲んでいるのです
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低いところの幅が15m、上の方は幅が12mぐらいの台形です
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明代の城壁も周囲には幅20mの水壕が巡らされていましたが
現在は都市化や交通事情のため、かなり埋められてしまったそうです
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この城壁の上では毎年マラソン大会が開かれるそうです
なんと‼ 丁度 マラソン開催日でした♪
西門を入った所に何かステージらしき舞台や お揃いのTシャツを着た係員が大勢いました
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城壁の上に行きますよ、15mの高さ 高ッ!!
此処で代わる代わる 城壁に張り付いて写真を撮りあっていたら
孔さん「スパイダーマンみたいですね」(笑)

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私達は西門から入り南門まで城壁の上を歩きました、約3㎞ほどです
城壁の上は自転車を借りて走ることができます

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「マラソン大会って言ったけど ランナーいないね~」
「いるのはお揃いのTシャツ来た係員だけだよね」
「もう 終わったのかな?」
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そんな会話をしていたら、、、おぉ~ ランナーが走って来るではないですか~
「がんばれ~~」
「加油~~」
「ファイティ~ン」
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12m毎に櫓が置かれ、櫓は98ある
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東西南北に門が4つあります
東門:長樂門   西門:安定門   南門:永寧門    北門:安遠門

門といっても 城壁に扉があるってだけじゃないです
威風堂々とした関所が建っています 大きくて 古くて でっかい建物です
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西の城門は、シルクロードの出発点
西安から 、ウルムチ、カザフスタン、ウズベキスタン、トルコそしてヨーロッパへと
当時 旅人は西門の城壁の上から遠くに目をやると
はるかに続くシルクロードがしっかり見え
シルクロードのずーっと先に ローマがちゃんと見えたのかも、、、
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夜はライトアップ☆彡
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城壁のカタチが夜景の中にオレンジ色に浮かび上がるんです
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泊まった部屋からは目の前に城壁のライトアップが見え、皆で宴会しながら見てました^^
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さあ、次は兵馬俑をUPしましょう^^


by comuginet | 2017-09-24 10:43 | ★弾丸トラベル | Comments(6)

変わり様にビックリ!!

週末弾丸で中国 陝西省の省都 西安に行ってきました
朝の便で上海に飛び、そこから国内線に乗り継いで西安に行きます

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名古屋→上海も 上海→西安も順調な飛行だったのですが
上海での乗り継ぎ時間が1時間 まぁ~タイト‼ 
なのに、あるある中国(笑) 何度も手荷物チェックされる
「傘 傘! 水 バッテリー バッテリー」
水は没収 バッテリーも容量をチェックされ、容量が大きいと没収されるみたい

空港係り員の「シーアン!シーアン‼」と叫ぶ声
「なんか 殺気立ってるよね~」ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ
焦る焦る‼!
速足 小走り しまいにはダッシュ?! 走れ~~~~ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ


飛行機に乗り込み やれやれ(*´`) 無事に西安に到着
朝9時ころの飛行機で西安には2時半過ぎに着きました

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西安をアルファベットで書くと「Xi'an」 
Xで始まるスペルなんて なんか カッコイイ!!


西安は唐代の都 長安
長い長い中国の歴史の中で何度も都が置かれ、その名を歴史上に何度も登場させています
世界史で習いましたよね


西安はシルクロードの出発点ですし
遣隋使・遣唐使などが日本から留学した国際都市でした
街並みは碁盤目状で 京都や奈良は西安をお手本にしたのですね


古くから幾度も都が置かれたため、歴史的な建造物や遺跡だらけです^^
歴史のロマンが感じられ、歴史好きにはたまらない場所です!


西安の見どころを見てまわるには1ヶ月以上もかかると言われています
それを端折って端折って 週末弾丸で来た バーバーズ(笑) 



我が家は中国には縁が有り、かなり以前に 西安も何度か来ています
今回 何年振りだろう? 15年以上、、、20年近く来ていなかったと思う
西安はこの15年くらいで急激に発展し 街はスッカリ変わっていました
小麦の知っていた西安は 辺り一面  畑 畑 畑・・・・・
大きな建物と言えば歴史的建造物と駅前のホテルくらいだったのに
今は近代的な超高層マンションが林立し、郊外に行かないと畑は見えない^^;
マックやスタバだってあるし、グ〇チ ヴィ〇ン等のショップも街に溶け込んでいます^^


さぁ~三日間 楽しく旅しましょう~♪♪♪
現地の旅行社に頼んで 三日間の車とガイドをお願いしてます
ガイドを兼ねた運転手の孔さんと空港でご対面~^^
日本語ペラペラ 親切で感じの良いガイドさんでした

空港から市内へ向かいながら 漢陽陵博物館に寄っていきます

広~~~い 野原の下に遺跡が有りますよ
此の下 全部 遺跡!!!!

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陵墓に霧雨が降りかかります。。。。。
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漢陽陵博物館
前漢王朝第四代景帝の陵墓を中心とする陵園と
そこから出土した副葬品や遺構などを展示した中国でも最大面積の博物館
城壁に囲まれた広大な陵墓

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城壁の門は外に再現されています 
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発掘された地面の上をガラスで覆って、その上を歩いて見学

ガラス張りの部分が かなり広くて、すごく見ごたえありますね
「このガラス 婆の体重に耐えられるかね?」
「割ったら弁償するのかな?」
ちょっと怖いのですよね、何気に木枠の上を歩きたくなるのです^^;

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人俑は、もともと正絹の着物を着て 手もあったのですが
土中で、絹は腐食し、木で作っていた手も 2000年の間に朽ち
陶製の本体だけが残り、このような状態になったのだとか
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びっしりと、小さな馬車や人、豚などの家畜 
ガイドの孔さんは埴輪と言っていましたが、埴輪かなぁ???
兵馬俑を小さくしたような遺跡ですが
掘り出した当時のままの姿で保存している所為か 兵馬俑より臨場感があるのですよ

豚などの家畜や壷などの生活用品などは兵馬俑では見られないものです

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漢陽陵では、兵士俑だけでなくすべての俑が、景帝陵に向いて並んでいるそうです
これに対して、始皇帝の兵馬俑は、墓陵を背にして立っていると、孔さんが説明してくれました
兵馬俑は来世でも始皇帝を守るために副葬されたのに対して
景帝陵では、景帝の威厳を示すものに過ぎない、ということでしょうか?


陪葬した当時の姿を再現したもの
兵馬俑では青銅製馬車でしたが、ここでは木製です

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壁面にも展示されています
馬 豚 犬のようですね、その数も数百はありそう
人物 動物などは 型にはめて、同じものを大量生産したそうです

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先月のソウルも雨降りでしたけど、西安も雨~^^;
くるくると空模様が変わり 雨 曇り 晴天と忙しいお天気でした
ガイドの孔さん 天気予報を確認しながら臨機応変に行程変更してくれます

「兵馬俑は屋内なので雨降りでも良いですね」
「孔さんに任せる!」 

「雨降りだと ライトアップ中止だから 今夜 見ましょう」
「孔さんに任せる!」
素直なバーバーズ 孔さんに丸投げ~(笑)

先ずは腹ごしらえ 西安餃子を お腹いっぱい食べましょう~^^
わぉ‼(@_@。 金の餃子がお出迎え(笑) 餃子 何個分??

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箸休めが並びます どれも美味しかったです
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次から次に運ばれて来る 餃子 餃子 餃子!
確か18種類と言われたけど、、、ん?足りない 撮り忘れてますね 
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大きな鍋が置かれ 小さな餃子をスープで頂きます 優しいお味。。。
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スープの後に水餃子 此方は食べ放題 
散々 餃子を食べた後に食べ放題と言われてもねぇ、、、、
でもね そこはホレ 食いしん坊のバーバーズ みんな頑張って かなり食べました^^
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続けてライトアップも載せようかと思いましたけど 次回にします^^


by comuginet | 2017-09-20 21:00 | ★弾丸トラベル | Comments(8)

懐かしい思い出の地 大連 ⑦

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②
懐かしい思い出の地 大連 ③
懐かしい思い出の地 大連 ④
懐かしい思い出の地 大連 ⑤
懐かしい思い出の地 大連 ⑥



大きい通りにはプラタナスの街路樹 緑地帯は芝生が綺麗に刈り込まれ
北の町にしては、とても緑の多い街です

小麦の中では大連=アカシア花
アカシアの咲く頃は本当に綺麗で、初めて見た時の あの光景は忘れられないです
ところが現在は街路樹は大きな葉を広げるプラタナス
アカシアは伐採され、アカシア通りとして一ヶ所残されているだけです
アカシアが咲くのは5月頃なので、今回は行きませんでした
これも我が家にある写真  
散る時も まるで雪が舞うように とても綺麗なのですよね(´ー`*)。・:*:・ポワァァン
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街は片側3車線4車線の広い道路ばかり
車もビュンビュン走っていますが 信号がメッチャ少ない!!
誰もが 信号のないところで渡るのが普通
4車線道路なんて、スタスタ歩いて渡っていきます
8車線くらいの道路で、ビュンビュン車が走ってるところでも普通に渡ります

ほら信号ないでしょ こんな広い道路なのに信号はポツンと1個^^;
こんな広い道路だって、向こう側に行きたければ行きたい場所で横断して行きます^^;
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友好広場でも車の間をスタスタ歩いて行きますよ
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郷に入ればってことで、私たちもホテル向かいのコンビニに行くのに 
4車線の広い通りを渡ろうかと思いましたけど
海外でわざわざ危険と分かっている事をしなくても良い、と 
はるか向こうに見える信号まで行って渡りましたがね(´`)=3

信号まで歩くより ビュンビュン走る車の間を渡るのに掛かる時間のほうが長いと思う
と言うか、怖くて足が竦み立往生しそうですもの^^;

ところが、だんだん慣れてくるから不思議
車との「あ うん」の呼吸が分かるようになって来て
観光していても、渡れるようになってました
「これも進化って言うのかねぇ」
「婆でも進化するんだね~ 大したもんだ」(笑)
「いやぁ~ こんな事で進化しなくても良いと思うよ~」
「日本に帰ったら、車が止まってるように見えたりして」(笑)
「、、、、んな訳ないじゃろ!!」(爆)


夜は夜景を観にいったり、夜市をひやかしたりしていました
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早めに夕飯を済ませましょう~♪♪♪
どうせ夜はホテルの部屋で宴会するので早く食べたほうが良いんです^^

大連は中国東北部に位置していますが温暖な海洋性気候なので
海鮮料理も美味しいです、お刺身も新鮮♪
あぁ~美味しくって幸せ~(’▽’*)  beer~お代わりφ(*⌒▽⌒)ノ
「アワビ何個あるの? ホタテは何個?」
「やっぱり10個ネ」
「・・・・・」
「じゃんけんぽん!!!」
食べ盛り育ちざかりのバーバーズご一行です~(笑)
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私たちの部屋が宴会場♪♪♪
待ちきれなくて、、、二人で始めちゃってますヾ(・・;)ォィォィ
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4人集まって、、盛り上がり始めてます(笑)
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6人で ガンガン飲んじゃってます(笑) 後二人はまだシャワー浴びてるのか? 
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夜市は庶民のエネルギーを感じる場所ですよね^^
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美味しそうですけど、買うにはお腹と根性を鍛えなければ!!ヾ(・・;)ォィォィ
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日本統治時代は「長者広場」戦後から1993年までは「スターリン広場」
現在は「人民広場」
向こうに見えるのは「大連市政府」の建物
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広場からこの広い道路を渡ると市政府
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「法務院」も負けずに光ってます(笑)
周りを見ても信号ありません
私たちは怖くて渡れませんが、現地の人は何処でも渡りたい場所を渡っていきますヽ(*’0’*)ツ ワァオォ!!
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1980年代に中国は改革開放路線をとり
大連は1984年に経済技術開発特区に指定され、経済的に発展し 現在中国第3の港湾都市
もともとリンゴの産地で、農村部が比較的豊かだったので
「万元戸」(億万長者)が最初に現れたのも大連近郊からだそうです
立派なマンション、いや! 億ションが そこらじゅうニョキニョキと建ち並んでいます

余りにも建ち過ぎて、空き家が多いのが現実です
確かにねぇ 明かりが点いてる部屋は少ないですね
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「大連、食事も美味しいし、治安も良いし、買ってく?」
「そうね~ 地震もないし、台風も来ないんだよね?」
「物価も安いから、年金で暮らせそうだね~」
「あのね、、、億ションなっだてば!!!」
「あッ!! いくら暮らせそうでも それ以前の問題ね」

「こういう夜景はバーバーズが並んで見てても絵にならないね~」ヾ(・・;)ォィォィ
8人並んで足踏ん張って 仁王立ちして夜景撮ってます^^;
だって踏ん張って立ってないと夜景ブレるでしょ(笑)
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大連は中国東北地方という立地ながら渤海湾は不凍港なので
香港、上海、天津と並ぶ対外貿易港として早くから発展していたのです

工業都市ですが経済解放後は観光に力を入れ 
市街地、観光地は綺麗に整備され中心街には近代的なビルが建っています
小麦が知ってる頃は高い建物はホテルくらいしかなかった、、、
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大連が上海や香港の様にグルメやショッピングを楽しめるような街ではなく
一地方都市だったのは小麦が知っている頃の話

小麦が知ってる当時も北京などと比べても綺麗な町でした
中国は喫煙者が多いのですが、大連の街中では煙草の吸殻など見当たらない位に
清掃も行き届いていて綺麗な町です
当時よりもはるかに清掃が行き届いて綺麗な街になっていました

当時スターリン路って言いましたが 今は人民路と言う広い道路
通りに面してブランドショップが並んでいます
ブランド大好き~♪  ヴィ・・でしょ♪ プラ・・でしょ♪  シャネ・・でしょ♪ それから、、、 
お目目が(☆。☆) キラーン!!  吸い込まれるようにショップに入る~(笑)
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、、、で ブランドショップの並びに建つホテル群
中央のホテル 此処が住まいでした 
当時は周りに高い建物は無かったけれど、右に新館が建ち、左もホテルが立ち並んでいる

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立場が違えば歴史認識が違って当然だと思うのですが
大連も含め遼寧省など東北三省(旧満州地域)は日本に統治されていたにも関わらず
親日的であるのは、台湾の対日感情に近いのかな?

中国の他地域に比べ、漢民族に対して満州族の割合が高いことも
本省人(台湾人)と外省人(漢民族)が混在している台湾に似ている気がする

大連市民が親日的なのはその歴史にあるのでしょうかね。。。。
2005年でしたっけ?反日デモにおいても中国の大都市の中で反日デモが起きなかった大連
中国都市で唯一の日本語TV放送もあります(BS NHK)

日本と関係の深い街です
なんの予備知識もなくただブラブラしていると、それだけで終わってしまうので
何か歴史を語った本を読んで行くと色々想像しながら歩けて楽しめます^^

他地域に比べ治安も良く、旅行はしやすい場所です

ただし、英語はほぼ通じません
中国語が話せない場合、筆談で頑張るのだ!! (笑)
顔立ちが似ている日本人は中国語でダダダダーッと話しかけられて 狼狽える事も^^;

帰り、飛行機がぐるりと大連市上空を旋回して進路をとりました
あそこが星海広場、大連港、ホテル周辺、、、、見とれた一瞬でした

ノスタルジックな過去と現代が交錯する街 大連
一度訪れてみてはいかがでしょう。。。。
by comuginet | 2016-09-21 09:45 | ★弾丸トラベル | Comments(0)

懐かしい思い出の地 大連 ⑥ 

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②
懐かしい思い出の地 大連 ③
懐かしい思い出の地 大連 ④
懐かしい思い出の地 大連 ⑤




中国では大連は、美しい町として知られているので
中国人も「旅行なら大連に行きなさい」と言うそうです
大連は、日露戦争後の1905年から1945年の終戦まで日本が統治した地です
この頃に建てられた建築が今も数多く残っていて
どこか昭和な雰囲気が漂う街並みを見ることもできます

日本統治時代に敷かれた大連の路面電車は、今も活躍中です
電車は5色あり、黒 赤 紺 緑 白
満鉄幹部  満鉄職員 大連のセレブ階級 一般市民など色で乗り分けれれていたそうです
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新旧の市電が停留所で並んで止まっていたり、すれ違ったり、、、、
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市電や地下鉄を適当に乗り降りしながら市内観光^^
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私たちは観光客なので、一番前に陣取ります(笑)
満州時代は車掌さんが居たのでしょう
当時と違うのは、左下の写真、カードをピッ♪と かざして乗るところでしょうかね
私達は運転手さんに乗車賃を渡して乗りました
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「勝利橋」
1908年築の「旧日本橋」
鉄道の線路をまたぐ橋 ロシア時代には木造で、日露戦争のときにロシア軍が破壊し
さらに木造の仮設橋として復旧していたものを
日本統治時代に関東都督府がコンクリート製に架け替えた
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橋を渡った先は、「大連・ロシア風情街」
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ロシア人街と言われている所ですが、現在ではロシア人は全く住んでいません
マトリョーシカやキリル文字のパッケージに入ったチョコレートがお土産品として売られています
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歩行者天国になっていて中国人旅行客向けの観光地として、両側にロシア風?の建物が並んでます
ちょっと一昔前のアミューズメント・パークっぽい雰囲気
見かけはロシアで、中身は中国^^;
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露西亜町の入口にある建物は、ドイツ式の建築
説明によれば、ロシア人がドイツ人技師に設計を依頼したものだという
当時、ロシアよりもドイツの技術が優れていたから
ドイツの技術を積極的に導入しようとしていたのかしら?
日本統治時代には露西亜町と呼ばれたことから、露西亜町旧址ともありますね
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必ずしもロシア時代のものとは限らないが、古い建物がたくさん残っている
これもまた帝政ロシア時代の建物ではないですが
「旧大阪毎日新聞大連支局」
1925年5月10日に竣工したという、現在は宿泊施設として利用
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ほとんどの建物が鉄筋コンクリート造りの復元であり
帝政ロシア時代に建てられた建物というのは一部だけ
「旧大連自然博物館」
ロシア人街のつきあたりにあるルネサンス様式の建物は、ロシア街の象徴ともなっている
ロシア時代はダーリニー市役所
日本時代は遼東守備軍司令部など→満鉄が利用→大連ヤマトホテル→満蒙資源館と
歴史の中で様々な変遷を経て現在は廃墟になっています、勿体ないなぁ、、、、
市の管理の下、次の予定が計画されているらしいのですけど
こういうものこそ、修繕して、活用すれば良いのに、、、、
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サラ~っとロシア人街を観て、次は日本人街
右手奥に行くと旧日本人街が残っていますが、大連市民の暮らす街なので
観光客がカメラ片手にウロウロするには 少々居心地が良くない^^;
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日本人街だった所は ちょっと昔の世界に迷いこんだような錯覚に襲われます
古い町並みが残っていますが空き家がかなり目立ちます
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満鉄社員の社宅だったそうです
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一方 高台の南山地区は満鉄幹部職員らの高級住宅街でした
一部は2000年に観光ストリートとして新装され
美しくリフォームされた家々が建ち並び、現在も改築が進んでいます
今も大連のセレブが暮らす地域です
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河本大佐の旧住居
関東軍高級参謀 河本大佐の自邸
南山麓住宅地の一画にあり、保存されていました
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昭和モダンが色濃く残っている 旧日本人街は老朽化が進んでいるので
個人の住宅や会社の社宅などは年々消えていっているのが実情です
旧日本人街やロシア人街周辺など、古い建物が少しずつ取り壊されているので
レトロな町並みが見たい場合は、早めに行かないとなくなってしまうかも、、、、

今日のUPも長いですよ~^^;


【老虎灘(ろうこたん)】
美しい海岸線と断崖絶壁の岩場に囲まれた大連を代表する景勝地
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昔、村人を苦しめていた大虎を若者が弓で射止めると
虎は海辺の岩となったという伝説からこの名前が付けられ
長さ35mの巨大な6匹の虎のモニュメント『群虎彫像』
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北九州市との友好都市を記念して建設された関門橋に似た北大橋も架かっています
近くには野鳥園や、水族館などもあり、家族連れとか、デートとか、人がいっぱい

【星海広場】
アジア最大の広場だそう
広~~~~~~~~い!!  天安門広場の2倍?3倍?とか、、、とにかく広いッ!!
こんなに広いスペースが果たして必要なのでしょうか? 
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星海広場から黄海を望みます 
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おぉ~~~ロマンチックぅ~~~ 
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大連市制百周年を記念するために建設され1999年9月に完成しました
銅で作られた80メートルの彫刻に
老人から赤ちゃんにいたるまでの1000人の足跡が刻まれているようです
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海の方までずーっと続く、1000人分の足型
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纏足をしていたおばあちゃんの足型
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星海広場も老虎灘も小麦が知ってる当時は ただの広っぱ ただの海っぺりヾ(・・;)ォィォィ
家で 変わった、と話は聞き写真も見ていたけれど、こんなに変わっていたとは、、、、。


【大連港】
帝政ロシアが遼東半島南部を清朝から租借し、商業用の港湾を建設したのが始まりで
水深がが深く、冬でも凍らない不凍港
日露戦争に勝利した日本が、満鉄を中心に整備を進めた
現在は中国第2の国際貿易港として、数万トン級の埠頭を多数備える近代的な港湾となった

此処も外国人立ち入り禁止区域でした、近くまでは散歩しながら行ったりしてましたけど
先日 初めて港まで行き 道路の向かい側 大連港務局屋上からも見て来ました
旧満鉄の線路跡も左の方に見えています

戦前 日本から満州に移住してきた人は日本からこの港に着き
終戦後 満州から日本への引揚者はここから舞鶴港に帰って行った場所です
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大連港務局
大連港の写真を撮るためだけに行ったのですけど、 見学料が要りました^^;
女性が説明をしてくれ、その後 売店で中国産の真珠を買うように勧められます
「とても珍しいアワビの真珠です」
アワビの真珠って、、、、、どうなんでしょ?
真珠は買いませんでした~(笑)
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次回は夜景をUPしましょう~☆彡


何時も言ってる事なのですが 
自分用に事細かに纏めている旅記録は時系列で綴っています
エクセル開いて、メモしてきたノートと写真を見ながら ひたすらタイピングします
根気作業です(笑)
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それこそ何時に起きてから始まり、食べたもの 買ったものの値段まで記録してますが
ブログにそんな事までUPする必要もないしと、行程も無視して 旅記録をコピペしてます^^
by comuginet | 2016-09-18 18:14 | ★弾丸トラベル | Comments(4)

懐かしい思い出の地 大連 ⑤

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②
懐かしい思い出の地 大連 ③
懐かしい思い出の地 大連 ④



東鶏冠山北堡塁
203高地攻防戦のなかでも日本軍が6000人以上にも上る戦死者を出し
大変な苦戦を強いられた「東鶏冠山」のロシア軍の堡塁跡
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日露戦争の激戦地跡 ロシアが建設した要塞です 今でも生々しい銃痕が残っています
百年前以上前の戦闘のすさまじさを物語ります

1900年から4年もかけて造られたトーチカ(コンクリート製の防御陣地)は
生々しい弾痕が無数にあります
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洞窟のようなトーチカは、天井が高く、ゆったりしています
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山肌を掘りぬいただけの壕は天井が崩れる危険もあり、立ち入り禁止
日本軍をさんざん苦しめた保塁は都会の地下鉄でも走らせることが出来るのじゃない、と思えるほどです
山の麓から白襷に38銃の日本軍の歩兵が幾ら数に頼って攻め上っても
当時世界一を誇ったロシア陸軍相手に軍神乃木希典も苦戦を強いられたのですね
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水師営会見所
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元は地元の農家だったのを日本軍が野戦病院として使用した
当時、この付近は両軍の砲弾のために、家屋という家屋は影も形もなくなったのですが
野戦病院としていたので、屋根に大きな赤十字旗をひるがえしていた民家だけが残った
建物は当時の資料を元に復元されたものです
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現在 内部は撮影禁止 
↓↓の写真は外国人に開放されて間もない頃に撮った、我が家にあるものです

旅順陥落後
乃木将軍とロシア司令官ステッセルがここで会見し、旅順降伏文書が交わされました
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壁にかかる写真  中央の二人 乃木将軍とロシア司令官ステッセル
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この机を挟んで、乃木希典とスッテッセル司令官が座った
先日 私達は乃木大将が座ったほうに座って来ました
乃木大将が座った椅子の方が高くなっています、敗軍のスッテッセルを見下ろす格好です
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奥に写っているキャビネットに飾れれている品々 
当時関東軍が使っていた物という事で展示しています

先日行った時はもう少し立派な棚に、もっとたくさん展示されていました
これらは販売しているのです どれでも1点10000円
この写真を撮った時は5000円だった

野戦病院でしたからね、この机は当時は手術台だったそうです
ちょっと、、、、想像してしまいますが、、、
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水師営会見所 の向かい側に資料館があります
そちらも現在は撮影禁止なので、我が家にある写真です
資料館というか、、、、
お土産物屋さんのように、棚いっぱい関東軍や満州時代の物が並んでいます
これ等も全て売り物です
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男装の麗人 川島芳子のヌードねぇ、、、、買う人居ないのですね、先日もまだありました^^;
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当時 大人気だった女優さん達  この写真もまだありました
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関東軍や満鉄関連の色々な物
日常生活で使った食器類など、細々した物まで全て販売しています
置時計など未だに動きます
「まだ動くよ、日本製は100年以上経っても使えるよ!」と
お店のお姉さん熱く語っておりました^^;

満州時代の建物 その他の諸々を保存するのには費用が掛かります
その費用に充てるため寄付という事で これ等の品々を買って下さい
寄付という事で、、、品物は、、、信じてお買い上げ下さいませ、、、と、いう事ですわね^^;



旧関東軍司令部旧跡
内部は写真の展示が多かったですね
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日露監獄
こういう場所は見ていて辛くなります
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説明文は、中国語、韓国語、英語で書かれていて、日本語の説明はありません
伊藤博文を殺害した安重根は、此処で処刑されました

彼は、担当の日本人の千葉看守に
「東洋に平和が訪れ、韓日の友好がよみがえったとき、生まれ変わってまたお会いしたいものです」と
語ったそうです
千葉看守は終生、安重根の供養を欠かさなかったとのことでした
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旅順博物館
展示されているものよりも建物自体の趣が良いです
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展示方法も木枠のガラスケースに入っており、重厚感を感じます
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この博物館には大谷探検隊が西域から持ち帰ったミイラが展示されていますが
撮影禁止です
明治時代に新疆を探検した西本願寺住職大谷光瑞率いる「大谷探検隊」が集めた文物を保存しています
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大谷光瑞は旅順に移り住んだので、此処に残っているのですね
シルクロード・仏教関連の興味深い文物があって面白かった

白玉山
東郷平八郎と乃木希典が、日本兵の慰霊の為に建てた白玉山塔
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星は丸の上に付けられたもののようだ
ということ、、、丸は日本国国旗をデザインしており明治に建てられた時のもの
戦後中国はその上に星を貼り付けたのでしょうか
風当りの強い場所なので、半分ほどは取れてしまっている。
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眼下に旅順港の景色が、一望できます
ここに立つと旅順が天然の良港だというのが、良く分かります
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旅順駅
此処も2009年に外国人に開放されるまで立ち入り禁止でした
現在は駅前にホテルも建ち、ツアーで訪れることもできます
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旅順は高地攻防戦の100年もの歳月が過ぎたとは思えない生々しい形骸を留めていました
皆「坂の上の雲」を読み返したり、ドラマのDVDを観て予習してきましたので
何処を観ても頭の中にシーンが浮かびます

旅順は2009年 つい最近までですよね、外国人立ち入り禁止でした
2009年に軍港周辺など数箇所を除いて外国人に開放されたばかりです
旅順を管轄する大連市は、地区全体を戦争遺跡として世界遺産登録を目ざしているようですが
今も軍関係の立入制限地区があるため、軍の要望で計画変更される可能性もあるそうです


ちょっと重~い旅レポが続いたので、次は大連に戻って何処をUPしましょかね。。。。
by comuginet | 2016-09-16 09:45 | ★弾丸トラベル | Comments(2)

懐かしい思い出の地 大連 ④

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②
懐かしい思い出の地 大連 ③



大連駅から1時間ほどで旅順に着きます
旅順の見所はその景色
あとは日清戦争(中国では中日甲午戦争と呼んでいます)日露戦争の激戦地跡が
主な観光案内対象となっていて、パンフレットや石碑等には
「日本・ロシアの両帝国主義国家が中国人民を欺き、強制的に苦役に駆り立てた歴史の証拠物件である」
と云う趣旨の事が書かれており
これを繰り返し読まされるのには 日本人には少々辛いものも感じますが
「前事を忘れざる、これ後事の師なり」と、皆で慰霊塔に手を合わせてきました

車を降りて、いよいよ203高地山頂まで行きます
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徒歩10分くらいの距離ですが これが結構シンドイ(≧▽≦;)
写真で見ると なだらかな坂に見えますけど、なにがなにが!!! かなり前屈みになって登ります
帰りの下り 気を付けて歩かないと転げ落ちる
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あぁ、、、、どうしよう  脳内「坂の上の雲」の旅順場面がグルグル回っています~^^;
お急ぎの方 スルーして下さいませ~m(__)m

旅順は
港の周囲が山で囲まれており、ここに砲台を置けば敵の船は港に入ることができない
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ロシアは旅順を基点に、中国や朝鮮の権益を拡大させようと
この不凍港を是非とも手に入れたかったのでしょう
ウラジオストクは冬期に凍結してしまいますものね
当時 朝鮮を国防の重要拠点と認識していた日本は、ロシアと激しく対立することとなるんですね

1905年日露戦争が勃発すると、日本海軍は旅順港に立てこもったロシア極東艦隊を
港から出られなくしようと、旅順港閉塞作戦を行う

旅順港の出入り口になる場所に日本の戦艦を沈めて、ロシア極東艦隊が通れないようにした
閉塞作戦は3度行われたが、旅順要塞の激しい砲撃の前に全て失敗

旅順港の出入り口は1ヶ所だけ、そこに戦艦を沈め17隻の戦艦で包囲しています
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海軍は陸軍に、バルチック艦隊が到着する前に、陸から旅順を落としてくれるよう要請
陸軍は「旅順は小指の先のようなもので、遼東半島という根本を縛って放っておけば腐っていく」
坂の上の雲で、こんな表現だったような、、、
陸軍は特に戦力を割くつもりはなかったが、海軍の要請に従い旅順要塞を攻略することに決め
乃木希典率いる第3軍が結成され、旅順攻略を始める

バルチック艦隊が着々と日本に近づく中
軍神乃木希典率いる陸軍でも 世界最大の要塞は簡単には落ちず、大量の死傷者を出す
坂の上の雲で乃木希典を演じたのは柄本明さんでしたね
乃木大将の次男 乃木保典もこの戦いで亡くなりました
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バルチック艦隊が極東に到着する前に、ロシア艦隊を殲滅しなければ
日本は朝鮮半島周辺の制海権を失い、朝鮮半島との補給路を絶たれ対ロシア戦勝利は不可能
旅順港を一望でき、湾内に留まるロシア艦隊を砲撃可能なのは ここ203高地

旅順要塞攻防戦で最大の激戦地となったのが、203高地
名前の通り標高203mの山で山頂から旅順港を一望できる
203高地から打った大砲を正確に、港に停泊している極東艦隊に届かせる事が出来たのですね

203高地に設置された日本式280ミリ榴弾砲  照準は旅順港
日本の砲弾が旅順港に降り注ぎ ロシア極東艦隊は消滅し
第一回総攻撃から4ヶ月後、ついに203高地は陥落 日本軍の勝利となったのです
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小麦の脳内では「坂の上の雲」のワンシーンが再現されています
ドラマで児玉源太郎を演じたのは高橋英樹さん

ドラマの旅順編クライマックス
観測将校  「こちら、203高地山頂!!  高崎山ッ、応答願います!」
児玉源太郎 「そこから旅順港は見えるか!」
観測将校  「…………見えます! 丸見えであります! 各艦一望の下に収めることができます!」

203高地から旅順港は本当に 丸見えなのか?
確かに見えます
ただ 現在は高層ビルが立ち並んで 丸見え、、とはいきませんね
しかも小麦たちの行った日は前夜に雨が降り 靄ってます( ノД`)
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203高地から見たのが上の写真、高い建物などなかった当時は丸見えだったのですね
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暫くして靄が晴れて来ても やっとこの程度
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観測点の近くの慰霊塔
乃木希典は「203高地」を「爾靈山(にれいさん)」と名づけた
「爾(なんじ)の霊の山」
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「坂の上の雲」で日本軍の砲弾が旅順市街に降り注ぐ時に巻き込まれる中国の人々も描かれていました
「旅順の戦い」は日本とロシアの戦いですが、戦場は中国
日本とロシアの兵隊だけでなく
中国の一般市民も犠牲になったのです、忘れてはいけないですね

日本とロシアの兵士、そして戦争の巻き添えになった旅順市民に 皆で手を合わせてきました

次回UPも旅順の続きです
by comuginet | 2016-09-14 06:26 | ★弾丸トラベル | Comments(0)

懐かしい思い出の地 大連 ③

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②



【旧満鉄本社】
中山広場から魯迅路を5、6分も歩けば、大連鉄道有限責任公司の建物が見えてきます
旧満鉄の本社だった建物です
満鉄と略して言いますが「南満州鉄道株式会社」ですね
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1906年(明治39年)から1945年(昭和20年)まで
かつて満州国に存在した南満州鉄道株式会社 
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当時のままの姿で今も建っています
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貫禄ありますね~
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広々とした玄関ロビー
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日本統治時代の様々な資料や写真などが展示されています
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金庫室の扉 
「きっと お金がうなるほど入っていたのよね」
「これッ! 小市民は直ぐにそういう想像をする」
「けど、ちょっと見てみたかったね」^^;
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満鉄の初代総裁は後藤新平
台湾の民政長官として殖産興業による経済政策が評価されたことで起用された
総裁室は2階にあり
当時の机やイス、歴代総裁の写真パネルなどが ポツンと置かれているだけ
写真資料をもとに当時のままに配置したそうです
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外に出て ふと、足元を見ると、、、
マンホールに満鉄のロゴ
満鉄のⅯ  ローマ字のIに見えるのはレールの形を表しているのです 
なるほどね 確かにレールだわ^^
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満鉄の「あじあ号」
満鉄時代、大連⇔ハルピン間の943kmの鉄路を
満鉄の誇る超特急「あじあ号」は 最高時速130kmのスピードで12時間30分で走った
日本の鉄道技術の叡智を集め完成された「あじあ号」
蒸気機関車ながら、冷房車両もあり 当時としては世界高水準レベルの特急だと言われています
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特急アジア号を牽引した機関車は全部で12台作られましたが 終戦時 ソ連軍に大半撤収され
今、中国に保管されているのは
瀋陽の「鉄道博物館」に「パシナ751」
大連の車両区に「パシナ757」の2台

瀋陽の「鉄道博物館」は中国の学生だけの研修施設なので非公開   
大連の「パシナ757」のみ見学可能です
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「わぁ~ 写真と同じだね~」
「だからね、本物だってば!」(笑)
「当時 日本の近代化時代って凄かったんだね~」
メンバー誰も鉄子は居ないけれど、一頻り盛り上がりましたね~^^

今は中国も高速鉄道が走っていますが、それまでの在来線は「あじあ号」より遅かったので
「時代が進んでいるのに満州国時代より退化した」と言う声もあったようです
勿論、中国政府に向かって表立っていうわけはありませんが^^;

小麦も大連から瀋陽  瀋陽からハルピンなど、中国の列車に何度も乗りましたが
確かに「これ特急?」と思うくらい 何だか長閑な列車の旅だった記憶があります(笑)

当時の大連駅も最先端だったのです
1937年に完成した大連駅は上野駅がモデルになっています
出発は2階、到着は1階と乗降客の流れを分離した空港のような設計は、斬新なものでした
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現在の大連駅
「上野駅って こんなだったかな?」
「しみじみ見たことないしぃ」
「だね」^^;
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おぉ~~~ 広い~~~ヽ(*’0’*)ツ
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目一杯アチコチ観て歩いていますが、美味しい物も食べてます♪♪♪
とにかく美味しくて♪ 皆 手酌のシュワシュワ~が進む進む(笑)
殆どのお店でbeerというと 青島ビールなのですが
大連ビールが美味しいのですよ ここは大連ビールでした♪

餃子とか、お魚の揚げ物など 8人なのに何処の店でも何故か10個ずつ
1個ずつ食べると まだ2個ありますよね、誰が言うともなく 行き成り
「じゃんけんぽん!!!」
周りの円卓の人たち 一斉にこちらを見ますがねぇ(笑)
「もぉ~ 中学生か?」
「良いじゃない、バーバーズの修学旅行よ~」^^
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お腹いっぱいになったら、腹ごなしと酔い覚ましに夜景を見に行きましょう~
その後は夜市も覗いてみましょうね~♪♪♪
by comuginet | 2016-09-12 06:57 | ★弾丸トラベル | Comments(4)