懐かしい思い出の地 大連 ⑥ 

懐かしい思い出の地 大連
懐かしい思い出の地 大連 ①
懐かしい思い出の地 大連 ②
懐かしい思い出の地 大連 ③
懐かしい思い出の地 大連 ④
懐かしい思い出の地 大連 ⑤




中国では大連は、美しい町として知られているので
中国人も「旅行なら大連に行きなさい」と言うそうです
大連は、日露戦争後の1905年から1945年の終戦まで日本が統治した地です
この頃に建てられた建築が今も数多く残っていて
どこか昭和な雰囲気が漂う街並みを見ることもできます

日本統治時代に敷かれた大連の路面電車は、今も活躍中です
電車は5色あり、黒 赤 紺 緑 白
満鉄幹部  満鉄職員 大連のセレブ階級 一般市民など色で乗り分けれれていたそうです
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新旧の市電が停留所で並んで止まっていたり、すれ違ったり、、、、
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市電や地下鉄を適当に乗り降りしながら市内観光^^
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私たちは観光客なので、一番前に陣取ります(笑)
満州時代は車掌さんが居たのでしょう
当時と違うのは、左下の写真、カードをピッ♪と かざして乗るところでしょうかね
私達は運転手さんに乗車賃を渡して乗りました
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「勝利橋」
1908年築の「旧日本橋」
鉄道の線路をまたぐ橋 ロシア時代には木造で、日露戦争のときにロシア軍が破壊し
さらに木造の仮設橋として復旧していたものを
日本統治時代に関東都督府がコンクリート製に架け替えた
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橋を渡った先は、「大連・ロシア風情街」
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ロシア人街と言われている所ですが、現在ではロシア人は全く住んでいません
マトリョーシカやキリル文字のパッケージに入ったチョコレートがお土産品として売られています
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歩行者天国になっていて中国人旅行客向けの観光地として、両側にロシア風?の建物が並んでます
ちょっと一昔前のアミューズメント・パークっぽい雰囲気
見かけはロシアで、中身は中国^^;
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露西亜町の入口にある建物は、ドイツ式の建築
説明によれば、ロシア人がドイツ人技師に設計を依頼したものだという
当時、ロシアよりもドイツの技術が優れていたから
ドイツの技術を積極的に導入しようとしていたのかしら?
日本統治時代には露西亜町と呼ばれたことから、露西亜町旧址ともありますね
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必ずしもロシア時代のものとは限らないが、古い建物がたくさん残っている
これもまた帝政ロシア時代の建物ではないですが
「旧大阪毎日新聞大連支局」
1925年5月10日に竣工したという、現在は宿泊施設として利用
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ほとんどの建物が鉄筋コンクリート造りの復元であり
帝政ロシア時代に建てられた建物というのは一部だけ
「旧大連自然博物館」
ロシア人街のつきあたりにあるルネサンス様式の建物は、ロシア街の象徴ともなっている
ロシア時代はダーリニー市役所
日本時代は遼東守備軍司令部など→満鉄が利用→大連ヤマトホテル→満蒙資源館と
歴史の中で様々な変遷を経て現在は廃墟になっています、勿体ないなぁ、、、、
市の管理の下、次の予定が計画されているらしいのですけど
こういうものこそ、修繕して、活用すれば良いのに、、、、
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サラ~っとロシア人街を観て、次は日本人街
右手奥に行くと旧日本人街が残っていますが、大連市民の暮らす街なので
観光客がカメラ片手にウロウロするには 少々居心地が良くない^^;
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日本人街だった所は ちょっと昔の世界に迷いこんだような錯覚に襲われます
古い町並みが残っていますが空き家がかなり目立ちます
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満鉄社員の社宅だったそうです
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一方 高台の南山地区は満鉄幹部職員らの高級住宅街でした
一部は2000年に観光ストリートとして新装され
美しくリフォームされた家々が建ち並び、現在も改築が進んでいます
今も大連のセレブが暮らす地域です
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河本大佐の旧住居
関東軍高級参謀 河本大佐の自邸
南山麓住宅地の一画にあり、保存されていました
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昭和モダンが色濃く残っている 旧日本人街は老朽化が進んでいるので
個人の住宅や会社の社宅などは年々消えていっているのが実情です
旧日本人街やロシア人街周辺など、古い建物が少しずつ取り壊されているので
レトロな町並みが見たい場合は、早めに行かないとなくなってしまうかも、、、、

今日のUPも長いですよ~^^;


【老虎灘(ろうこたん)】
美しい海岸線と断崖絶壁の岩場に囲まれた大連を代表する景勝地
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昔、村人を苦しめていた大虎を若者が弓で射止めると
虎は海辺の岩となったという伝説からこの名前が付けられ
長さ35mの巨大な6匹の虎のモニュメント『群虎彫像』
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北九州市との友好都市を記念して建設された関門橋に似た北大橋も架かっています
近くには野鳥園や、水族館などもあり、家族連れとか、デートとか、人がいっぱい

【星海広場】
アジア最大の広場だそう
広~~~~~~~~い!!  天安門広場の2倍?3倍?とか、、、とにかく広いッ!!
こんなに広いスペースが果たして必要なのでしょうか? 
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星海広場から黄海を望みます 
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おぉ~~~ロマンチックぅ~~~ 
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大連市制百周年を記念するために建設され1999年9月に完成しました
銅で作られた80メートルの彫刻に
老人から赤ちゃんにいたるまでの1000人の足跡が刻まれているようです
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海の方までずーっと続く、1000人分の足型
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纏足をしていたおばあちゃんの足型
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星海広場も老虎灘も小麦が知ってる当時は ただの広っぱ ただの海っぺりヾ(・・;)ォィォィ
家で 変わった、と話は聞き写真も見ていたけれど、こんなに変わっていたとは、、、、。


【大連港】
帝政ロシアが遼東半島南部を清朝から租借し、商業用の港湾を建設したのが始まりで
水深がが深く、冬でも凍らない不凍港
日露戦争に勝利した日本が、満鉄を中心に整備を進めた
現在は中国第2の国際貿易港として、数万トン級の埠頭を多数備える近代的な港湾となった

此処も外国人立ち入り禁止区域でした、近くまでは散歩しながら行ったりしてましたけど
先日 初めて港まで行き 道路の向かい側 大連港務局屋上からも見て来ました
旧満鉄の線路跡も左の方に見えています

戦前 日本から満州に移住してきた人は日本からこの港に着き
終戦後 満州から日本への引揚者はここから舞鶴港に帰って行った場所です
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大連港務局
大連港の写真を撮るためだけに行ったのですけど、 見学料が要りました^^;
女性が説明をしてくれ、その後 売店で中国産の真珠を買うように勧められます
「とても珍しいアワビの真珠です」
アワビの真珠って、、、、、どうなんでしょ?
真珠は買いませんでした~(笑)
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次回は夜景をUPしましょう~☆彡


何時も言ってる事なのですが 
自分用に事細かに纏めている旅記録は時系列で綴っています
エクセル開いて、メモしてきたノートと写真を見ながら ひたすらタイピングします
根気作業です(笑)
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それこそ何時に起きてから始まり、食べたもの 買ったものの値段まで記録してますが
ブログにそんな事までUPする必要もないしと、行程も無視して 旅記録をコピペしてます^^
by comuginet | 2016-09-18 18:14 | ★弾丸トラベル | Comments(4)
Commented by satuki1414 at 2016-09-18 23:33
こんばんは~
旅記録まとめお疲れ様 
大連に住んでいた方々は 
もうかなりお歳の方々になっているでしょうが
これを見たら懐かしさで泣けてくるでしょうね
一時代幸せに暮らしていたと聞いていました
繁栄の時から 命からがら帰ってきて帰りたくても
帰れない場所になったのですものね
建物を拝見していると日本の力 財力を感じ
大連の豊かだったことが理解できました 
Commented by 小麦 at 2016-09-19 22:16 x
♥♬satukiさん
市電は100年以上も同じ姿で大連の街を走り続けています
ブログに事細かくUPはしませんが
街を歩くと日本統治時代の建物 住宅など幾らでも目にすることができます
とても良い所ですよ^^

Commented by okurebase2013 at 2016-09-20 09:27
小麦様

おはようございます。
旅レポ読ませていただきました。
お勉強されていないとこんなレポできません。
興味深く読ませていただきました。
安重根と千葉看守のレポ・・・こんな日本人がいらしたんですね。
その後子孫の合同慰霊をされている、知らいない人がほとんどですよね、残念です。
手術台悲し過ぎます。四人の女優さん現役時代を知っている方ばかりです。
大連の美しい町、満鉄の高級住宅、まさに昭和レトロですね。
路電も乗ってみたくなりました。
Commented by 小麦 at 2016-09-20 21:53 x
♥♬エムエムさん
大連 旅順で色々見て歩くと100年くらい前にそういう時代があったんだと
古い日本の住宅など、時が止まっているようです
私たちの年代だと写真の女優さんは知っていますよね^^;
2、3年前に開通した地下鉄はガラガラでしたけど
市電は乗客も多く、今も大連市民の足として大活躍しています^^


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