サンクトペテルブルグ&モスクワ~♪♪ №19

サンクトペテルブルグ&モスクワ №1          
サンクトペテルブルグ&モスクワ №2
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サンクトペテルブルグ&モスクワ №18


ほらほら、見えてきましたよ~クレムリン♪ モスクワ観光のメインです。
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門の手前に「モスクワの中心」と言われる場所があり。
中心に立って、願い事を唱えお金を背中越しに投げると「願い」が叶う、、、らしい^^
丁度イケメン君が中心に立ったので、シャッターチャンス!!と思ったのにっ!
賑やかな←うるさいっ!とも言う^^; チャイニーズ集団が被るっ(`-●_-´)ムッ
賑やか集団の去るのを待っていたら、イケメン君も行ってしまうだろうから
ギャラリーが邪魔だけど仕方ない(´`)=3
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ヴァスクレセンスキー門の手前に居るのは何方?
ソヴィエト時代の軍人及び政治家ゲオルギー・ジューコフ、第二次世界大戦において活躍し
その後も政治に大きく関与した彼はソヴィエトで最も人気の政治家の一人であったようです。
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1945年の対独戦勝パレードにおいて、ジューコフは行進する将兵を馬上より閲兵する栄誉を与えられました。
当初、スターリン自ら閲兵を行なうつもりだったようですが
リハーサルで馬から振り落とされ、ジューコフを呼んでこの役を譲ったのだとか(笑)
ちなみに、ソ連軍の北海道上陸作戦に反対してくれたのもジューコフでした。
実は1945年終戦後の8月22日の時点まで、北海道上陸作戦の準備がされていたとか、、、


『ヴァスクレセンスキー門』
赤の広場の入り口、一度は、パレードの邪魔になるとスターリンによって、
壊されたが、1995年、ソ連崩壊後、再建された。
たくっ!スターリンたら(`‐●_‐´)ムッ
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この城壁の飾りはイタリア人のなんとかさんのデザインなんだって。
覚えてないのよ、名前、、、何だったか?? メモった筈なのに、、、何処に書いた??
此れもまたメモが見つかったら追記だわ^^; カモメの羽の形、イタリア独特のデザインだそう。
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                                      ほら、こんなところにもカモメの羽♪
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クレムリン入場に際しては空港と同じようなセキュリティーチェックがあります。
金属探知機がピコピコ鳴って、上着や靴を脱がされて再度チェックされる人も多く
「緊張するね~」
後で武器庫、ダイヤモンド庫に入る時にもセキュリティーチェックが有りました。
めっちゃ厳しい、世界遺産クレムリン。

それにしても、この敷地はハンパない~~
わぁ~ ニュースでしか見たことなかったクレムリンだ~~~

秘密機関IMF「インポッシブル・ミッション・フォース」のエージェントのイーサン・ハントが
ロシアの刑務所から脱獄して、最初のミッションとしてクレムリンに潜入する。

イーサンに与えられたメイン・ミッションは
「コバルト」と呼ばれる謎のテロリストがアメリカに対して実行しようとしている
核ミサイルによるテロ計画を阻止することだった、、、、
トム・クルーズ主演の映画「ミッション・インポッシブル」
こ~んな、ストーリーでしたよね、はい 小麦も観に行きましたよ。
ふぅ~ん、此処に潜入したのねぇ~(笑)

ソ連時代の、赤の広場&クレムリンから発信されるニュースのイメージしか
持ち合わせてなかったので、聖堂、宮殿と何やらクレムリンのイメージとそぐわない気もすれけれど
クレムリンというのは城塞と言う意味なので、そうだよね、聖堂も宮殿も城塞の中につくるわね!

変形三角形の土地は20の城門と大小の塔を持つ赤い城壁に囲まれ
その中に帝政時代の宮殿や聖堂などの建物がならんでいます。
かつて「鉄のカーテン」と称された、城壁の内側「クレムリン」
数々の歴史を歩んで来たこの国の象徴でもあります。

クレムリンにある20の塔のうち
トロイツカヤ塔  ホロヴィツカヤ塔  ヴォドヴズヴォドナヤ塔  スパスカヤ塔  ニコリスカヤ塔

5つの塔の先端には、ウラル山脈から採掘されたルビーで作られた直径3メートルの赤い星が輝いています。
この星は、1937年のロシア革命20周年を記念して取り付けられたもの
夜になると、赤いライトが灯ってとても目立ちます。
それ以前には、帝政時代のシンボルであった鷲がついていたそうです。
この星、よーく見ていると風向きによって回るんです
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お掃除してるのかな?修理かな?
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いよいよクレムリンに入ります。
何年か前までは、まさか自分がその場へ足を踏み入れるなど、考えすら及ばなかった。
夢じゃないんだよね!!

通常のツアーですと『武器庫』だけに入場することが多いのですが
私達は『ダイヤモンド庫』も見学するので「早く入った方が良いから」と早目に着いたのに
すでに数人のロシア人が並んでいて、向こうからは集団がやってくるのも見える。

ガイドさん「あの集団の後ろになると大変だから急ぎましょう」
私達は急ぎ足で数人のロシア人の後ろに並んだ。
ところが、後ろから来た集団が次々に私たちの前に割り込んでいく(`‐●_‐´怒)ムッ
えーっなんなの? たくっ!! 

ロシアでは普通~~に人が列に割り込んでくる、中国の比じゃない(笑)
まったく悪びれずに当然のように普通に入ってくる。
ロシアでは並ぶという習慣はないらしいから、割り込んでるという意識もないのでしょう。

ガイドさんが、割り込むロシア人たちに何か話している。
すると前から並んでいたロシア人ガイドらしき女性か凄い勢いで言い返している。
「先に並んで順番を取っていたのだ」と言うことらしい。
数人先に来て、30人も50人もも割り込ませるつもりなのっ!と言うのは日本人の感覚。

頑張れっ!! 我らがガイドさん!!
私達は皆で応援しましたわ、心の中で、、、、だってロシア語しゃべれないから^^;

少しの間交渉は続いて、その間も次々にロシア人たちが前に入って行く
私たちは不本意ながら、ジリジリ後退を強いられる。

ガイドさんもついに諦め
「皆さん、後ろに下がって下さい」
「えぇ~!?? 下がるのぉ~」
思いっきり日本語で言ったさっ!!!(笑)
ワレワレ 日本人は負けたのね、、、

唇 噛んで見上げるはクレムリンの星  一際 輝いて見えるのは気の所為だけなのか、、、
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ボロヴィツカヤ塔から入り、少し先へ進んだ所から振り返って見た時の様子。
ゆるやかな坂になっています。
この敷地内を歩くときは、必ず歩道を歩かなくてはならないというルールだそうです。
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ボロヴィツカヤ塔をくぐって中に入ったところにあるのが博物館となっている武器庫です
16世紀、兜や兵器を製造・保管する倉庫として建てられ
1702年に、ピョートル一世の勅命により博物館となりました。
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「武器庫」「ダイヤモンド庫」 中は当然撮影禁止!
ロマノフ王朝歴代皇帝のものすごーい宝飾品の数々を見ました
あまりのまばゆさに目がつぶれそう~  数々の宝物にド肝を抜かれ(@_@;)

さっき噛んだ唇は何時の間にやら半開き~(笑)

無念はどっかに飛んで行き(笑) ひたすら感動~~(☆。☆) キラーン!!
すごいぞロマノフ!!!   革命が起きるわけだ!! それは違うでしょ^^;

エカテリーナ2世の黄金の馬車など見所満載!
鎧甲等の武器の他に馬車や王冠、宝石、金銀細工などロシア帝国の宝物が納められています

感動したのは、馬車。
大きいの!!! 綺麗なの(☆。☆) キラーン!!
乗り物なのに美術品なの!!!
素晴らしい~~~♪ 見事なバロック。

「バロック調の原付とかないかね?」
「何処かのメーカーで出してくれないかな?」
「いいよね」
「「いいよ、バロック!!」
「バロック調 原付バイク」(笑)
お姫様チック♪ とにかく可愛い♪ 馬車まで可愛い♪ 本当に可愛い。

皇帝の家族たちが用いた馬車もところ狭しと置かれている。
初期のものは駆動輪のコントロールができなくて道を曲がろうとするたびに力で馬車の方向を変える必要がある。
馬車の方向を変えるのは、もちろん奴隷階級にある人間。

馬車は16世紀までは皇帝の家族しか用いることを許されなかった。
17世紀以降になると規制緩和され、そのおかげでロシア製だけでなく
当時としては技術や彫刻が進んでいた外国製の馬車も用いられ始めた。
エカテリーナ2世の愛人の一人グリゴリー・オルロフが、彼女に贈った馬車も豪華絢爛だった。

武器庫、此処ね最高♪♪♪
見所は馬車とか王冠なんでしょうけど、背後から幼い王に助言する為に作った窓付き玉座とかも必見。

武器コレクションもすごい。
装飾の細やかな銃器類、銃までもが、もう本当に綺麗だった。

一生に1回行けるか行けないかの場所なんだし、見る価値あり!
時間が足りなかった、暫く住みたい~(笑)

『ダイヤモンド庫』
ロマノフ王朝が有り余る財力でかき集めた宝石類が集まった
撮影禁止の世界最高級の宝石保管庫というところでしょうか、、、、

結婚当初のエカテリーナと晩年のエカテリーナのドレスサイズ
結婚当初49cmだったウエスト、晩年は倍以上になってるそうな(-。-;)ォィォィ
身長2メートルのピョートル大帝の履いていたブーツに驚愕。

ファベルジェ製イースターエッグ「クローバーの卵」にもご対面。
これも是非々見たかったのですよね~ 本物はやっぱり素敵です。

かの有名な『オルロフ・ダイヤ』があります。
ガラスにへばり付くようにダイヤモンドから目が離せず、この世のものとは思えない煌びやかさと誉れ高き美しさ
全てを狂わせてさえ、それでもなお 魅せられるその妖しくも眩い魔性の輝き。
息をするのも忘れて、輝きの中に吸いこまれていました。

世界で4番目に大きな そのダイヤ、ご存知の方も多いかと思いますが、少しだけ、、、

最初にこのダイヤを所有したのはムガール帝国の王子でした。
当時は、500カラットもあったと言われる巨大ダイヤモンド!
王子はそのダイヤをヒンドゥー教の寺院に寄贈し『かの石に触れるものに災いあれ』と言い残したそうです。

時代は下り、あるフランス兵が そのダイヤを盗み出してから
王子の呪いの言葉通り、盗んだ者はもちろんのこと、それに関わる者を次々と不幸が襲います。

すでに買い手がつかなくなった そんな不吉なダイヤを手にしたのが
エカテリーナ2世の愛人であったオルロフ公爵でした。
オルロフは、疎遠になりつつあった彼女とよりを戻す為、これをプレゼントしたのだそうです。
こうして、この美しき不吉なダイヤはロシアの地に招かれました。

エカテリーナ2世は、190カラットのこのダイヤを愛用の王笏に取りつけて、大事に扱ったそうですが
オルロフの方は、結局 すでに用なしで、ポイされちゃったようですね、、、、やっぱり不吉なダイヤだ^^;

エカテリーナ2世の戴冠式で使われた スーピネリ(ピンクの石 400ct)の王冠
オルロフダイヤ(190ct)の王笏、サファイヤの憲章は見事!
あまりに大きなダイヤモンド見て本物に感じられない庶民な小麦(-。-;)
これ以上の宝物を一度に目にすることは、私の小さな頭と心では到底無理な話です。

私の受容範囲を大きく上回ってしまいました。
どうやっても、私の中にこれ以上のものを収める隙間はないでしょう。
いや、無理やりに押し込めようとしてしまったら、この感動が「普通」の出会いになってしまう^^;

私はこれから、何を基準に生きていけばいいのだろうか?
そんな大袈裟なものじゃないって(笑)

馬車やドレス・王冠・王座等の金銀財宝を目の当たりにし
だから破産するんだ!ペレストロイカが起きるんだ!と、、、これも違うよね
ちょっと言ってみただけ(-。-;)ォィォィ


『クレムリン大宮殿』
1960年代に建てられた近代的な大建築
いきなり近代的なソビエト時代の1959年~1961年にかけて建設された、6,000名収容の大ホールです。
ソ連共産党大会をはじめとする党大会や国際会議場として使用されました。
現在は、国際会議の他、ボリショイ劇場の第二ステージとしても使われています。
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部屋数700室。全長125m。
今では外国の要人を招いての晩餐会が行われる所です。

冷戦終結時のレーガンとゴルバチョフの会食も此処で。
2004年のプーチンの大統領就任式もここでしたね。
今は、演劇などの芸術活動にもつかわれているとか。 一般公開はされてないので外からだけ。

1990年にクレムリンが世界遺産に登録された際
この宮殿のみ、ガラスとアルミニウムとウラルの大理石という近代性ゆえに
世界遺産としての指定がなされなかったそうです。
歴史ある宮殿や大聖堂が林立する中、何だか残念な気がしました。


1917年の革命で帝政ロシアが終わり、社会主義を掲げたソビエト政府になったのですが
ソビエトが共産党以外に国民を主導する集団を認めなかったから、そこからロシア正教の弾圧が始まりました。
その時、国内の教会の8割が破壊されたそうです、特に鐘が徹底して壊されたそうです。
人々と教会を結びつける「象徴」が標的にされたからだそうです。
1991年に新生ロシアが誕生し、民主化されてやっとロシア正教は復活したそうです。

『イワン大帝の鐘楼』
1600年、関ヶ原の戦いの年に増築されてから長い間、ロシアで一番高い建物だったそう。
まあ、イワン大帝のことだから「これ以上高い建物作っちゃダメだぞ!」とか言ってたんでしょうか?(笑)
日本じゃ関ヶ原で槍持って戦ってる時にこんなん作ってるんですものねぇ、、、おそロシア、、、
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鐘楼の足元に、高さ6m、重量200トンの巨大な鐘の王様
鋳造中に火災が発生し、消火のために水をかけたところ
鐘にひびが入って欠けてしまったため、誰もその音を聞いていないとか。
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鐘楼をはさんで鐘の王様の反対側には、これまた大きな大砲の王様が鎮座しています。
そのデザインから『ガオン砲』と命名。
口径890mm、すっぽり入っちゃいますね
重量40トンは、16世紀末に作られた当時世界最大の大砲だったが
今まで1度も砲弾を発射したことはなく、前に置かれた砲弾は300年後に飾りとして用意されたものとか。
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子供に大人気、ワタクシにも大人気(笑)



続きは次回に~
by comuginet | 2013-06-03 06:18 | ★旅行 | Comments(4)
Commented by ♥ junjun at 2013-06-03 21:07 x
♪イヤ~、ロシアについて ソヴィエト時代からの歴史認識。
しかも、面白可笑しく、そして楽しい説明に...感動してるjunjunが います。
小麦さん、凄い、そして楽し~もっと、知りた~い...(笑)
しっかし クレムリン、何をとってもでっかいね~...あれも、これも。
『オルロフ・ダイヤ』の エピソードはあまりにも有名ですね。
で、もって、本物見ちゃったんでしょ...大丈夫、目つぶれなかったかい(笑)
しっかし、小麦さんの旅レポート、楽しくって、ためになって...<(_ _)>です。
Commented by 小麦 at 2013-06-04 07:30 x
☆junjunさん
老眼乱視の小麦の目、最近ヤケにチラチラして見難いなぁと思ってたんだけど、、、
そうか!「オルロフ・ダイヤ」やイースターエッグ「クローバーの卵を見てきたからかも(笑)
長い長いUPもやっと先が見えてきました、あと、2、3回で終れそう。
まだ3回もあるのか!って(笑)
Commented by keiko at 2013-06-04 10:22 x
あぁ、、、ロシア旅行記も終盤なんですね。
後3回で終るのですか? 
今日は仕事午後からなので№1から読み返してみようかな。
Commented by 小麦 at 2013-06-04 23:26 x
☆keikoさん
おぉ~読み返して下さるの? ありがとう^^
あはっ、後3回で終れると良いなって思ってます、多分終わる、、、と思う^^;
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